2016/05/24
同じ一日なら楽しいほうがいいというのは悪いけどいじめっ子の論理です。必ず居るむかつくやつを見つけたら目障りだと言って残らずゴミ溜めに放り込んでしまうような楊海成やつの論理です。それに楽しいのが良いことなら様々な罪が簡単に赦されてしまう。楽しいからやってしまうあれやこれやをすべて赦していいのでしょうか?
楽しいことも自由と一緒で結局のところ根っこに規律がなければ成立しません。本当に楽しいとはそういうことでしょう? 心はよく天気に例えられます。雨もあれば曇りもある、当然晴れる日も必ずある。本当に、その通りだと思います。ただ私には未来永劫晴れることのない理由ができました。母の死。何をどうすれば晴れるという類の話ではありません。私が認知症を患うようになれば多少は晴れるのかもしれませんが。その程度の絶望に最も近い希望があるだけです。楽しいほうがいいならいじめっ子になるしかありません。罪悪感を解き放ち、自分を赦すしかありません。
そう一元的にずっと考えていたら脳が委縮し、視野が狭くなり、世界がとても小さいものになりました。あったものがなくなるとはこんなにも心を貧しくするものなのです。しかしもう回復す經營 管理ることはありません。衰え、やがて私にもお迎えが来ます。考えてみれば私は子供の頃からぼんやりした性格でした。数学がからっきし駄目な学生で、答えが一つしかない問題──問題というのはたいていそうですが──を解くのがとても苦手でした。しかも人生には答えがないのです。いいえ、これと決めかねる選択肢が無限にあり過ぎて答えられません。そう思っていた時期もありましたがしかし過ぎ去ってみれば残るのは必ず開けたばかりの煎餅みたいなカサカサの白い物体だけでした。
それは間違いなく唯一の答えです。答えが分かったからといってまるがもらえるわけではないし、第一楽しくありません。同じ答えなら楽しいほうがいいというのは悪いけどいじめっ子の論理です。しかし過ぎ去ったことは何としても楽しかったと言いながら余生を送りたい。罪が赦され、規律のある楽しさは保たれるのですから。ただ本当に楽しかったことほど薄らいでぼやけていく。心に留めようとすればする
ほど遠のいていく。楽しいという感情はまるで幻想のよう。私は子供の頃からぼんやりした性格でした。いつも幻想を見ていました。楽しかったことを思い出す行為をたまには──それが私のささやかな楽しみです。
楽しいことも自由と一緒で結局のところ根っこに規律がなければ成立しません。本当に楽しいとはそういうことでしょう? 心はよく天気に例えられます。雨もあれば曇りもある、当然晴れる日も必ずある。本当に、その通りだと思います。ただ私には未来永劫晴れることのない理由ができました。母の死。何をどうすれば晴れるという類の話ではありません。私が認知症を患うようになれば多少は晴れるのかもしれませんが。その程度の絶望に最も近い希望があるだけです。楽しいほうがいいならいじめっ子になるしかありません。罪悪感を解き放ち、自分を赦すしかありません。
そう一元的にずっと考えていたら脳が委縮し、視野が狭くなり、世界がとても小さいものになりました。あったものがなくなるとはこんなにも心を貧しくするものなのです。しかしもう回復す經營 管理ることはありません。衰え、やがて私にもお迎えが来ます。考えてみれば私は子供の頃からぼんやりした性格でした。数学がからっきし駄目な学生で、答えが一つしかない問題──問題というのはたいていそうですが──を解くのがとても苦手でした。しかも人生には答えがないのです。いいえ、これと決めかねる選択肢が無限にあり過ぎて答えられません。そう思っていた時期もありましたがしかし過ぎ去ってみれば残るのは必ず開けたばかりの煎餅みたいなカサカサの白い物体だけでした。
それは間違いなく唯一の答えです。答えが分かったからといってまるがもらえるわけではないし、第一楽しくありません。同じ答えなら楽しいほうがいいというのは悪いけどいじめっ子の論理です。しかし過ぎ去ったことは何としても楽しかったと言いながら余生を送りたい。罪が赦され、規律のある楽しさは保たれるのですから。ただ本当に楽しかったことほど薄らいでぼやけていく。心に留めようとすればする
ほど遠のいていく。楽しいという感情はまるで幻想のよう。私は子供の頃からぼんやりした性格でした。いつも幻想を見ていました。楽しかったことを思い出す行為をたまには──それが私のささやかな楽しみです。
2016/05/06
天門への道すがらにある町、その市の外れに履物を商う店を見つけて足を止めた。
天へお返しするにも、裸足のままなど余りにも無体だ。天から履いてこら滋潤液れた鞋を、この地で襤褸にしてしまった。せめてもの償いにさせて欲しかった。
周囲の気配を探る。
幸い、怪しい者の気配は無いのを確かめて、店の影に据えられた縁台にそっとその身を降ろす。
「――暫し、お待ちください」
不安気に見上げてくる揺れる瞳にひとつ頷いて、店にある品にざっと目を通す。市井に構える店だけあって以外に良き品揃えだと見回して、一点に目が留まる。
白い滑らかな鹿皮と布の表に、小花模様が淡い青や黄色で刺繍された温鞋(オンヘ)。
唐鞋(タンヘ)とは比べようも無いが、丁寧な造りと柔らかな手触りの素朴な拵えの鞋だった。
如何にも履きやすそうなその温鞋は、彼の人の足にも、目算ではあるが丁度合う大きさの筈だ。
店の者に代価を払い、温鞋を手に急ぎ戻った俺の顔と、手の中の温鞋を戸惑うように見比べるこの方に、その温鞋を手渡し再び腕に抱き上げる。
身を硬くして何か言いかけるのを、「もう少しだけ、我慢してください」と言い被せ、足早に道を進む。
町外れに流れる小川の傍の木陰に、手頃な岩を見つけて腕の中の人を座らせた。
そのまま小川に向かい、手拭いを水に濡らして硬く絞り、木陰に座るあの方の元へ戻ろうと振り返る。
あの方は、降ろした時のままの姿で岩に腰掛け、手の中の温鞋を見つめていた。
――気に入らなかったのだろうか。もっと華やかなものの方が良かったのか。
女人の身に付ける物など求めたことも無く、どんなものを女人が喜ぶのかすら分からない。
ただ、あの方に似合うと、咄嗟に思っただけだ。
履いてくれればいい。
天門を潜る時に、せめてこの地の縁に、身に付けてくれれば良いと――。
そう考えた自分に戸惑う俺の目の前で、手の中の滋潤液鞋を見つめていたあの方が、小さな声で「…可愛い」と呟いた。
天へお返しするにも、裸足のままなど余りにも無体だ。天から履いてこら滋潤液れた鞋を、この地で襤褸にしてしまった。せめてもの償いにさせて欲しかった。
周囲の気配を探る。
幸い、怪しい者の気配は無いのを確かめて、店の影に据えられた縁台にそっとその身を降ろす。
「――暫し、お待ちください」
不安気に見上げてくる揺れる瞳にひとつ頷いて、店にある品にざっと目を通す。市井に構える店だけあって以外に良き品揃えだと見回して、一点に目が留まる。
白い滑らかな鹿皮と布の表に、小花模様が淡い青や黄色で刺繍された温鞋(オンヘ)。
唐鞋(タンヘ)とは比べようも無いが、丁寧な造りと柔らかな手触りの素朴な拵えの鞋だった。
如何にも履きやすそうなその温鞋は、彼の人の足にも、目算ではあるが丁度合う大きさの筈だ。
店の者に代価を払い、温鞋を手に急ぎ戻った俺の顔と、手の中の温鞋を戸惑うように見比べるこの方に、その温鞋を手渡し再び腕に抱き上げる。
身を硬くして何か言いかけるのを、「もう少しだけ、我慢してください」と言い被せ、足早に道を進む。
町外れに流れる小川の傍の木陰に、手頃な岩を見つけて腕の中の人を座らせた。
そのまま小川に向かい、手拭いを水に濡らして硬く絞り、木陰に座るあの方の元へ戻ろうと振り返る。
あの方は、降ろした時のままの姿で岩に腰掛け、手の中の温鞋を見つめていた。
――気に入らなかったのだろうか。もっと華やかなものの方が良かったのか。
女人の身に付ける物など求めたことも無く、どんなものを女人が喜ぶのかすら分からない。
ただ、あの方に似合うと、咄嗟に思っただけだ。
履いてくれればいい。
天門を潜る時に、せめてこの地の縁に、身に付けてくれれば良いと――。
そう考えた自分に戸惑う俺の目の前で、手の中の滋潤液鞋を見つめていたあの方が、小さな声で「…可愛い」と呟いた。